七畳半神話大系

海辺のカフカの大島さんに憧れている人の本/映画/旅の記録

#3 日本人だからこそ見てほしい映画|オッペンハイマー

日本公開を待ちわびていた『オッペンハイマー(Oppenheimer)』をIMAXで鑑賞。

「原爆の父」として知られるロバート・オッペンハイマーをモデルにした伝記映画で、アカデミー賞では作品賞など7部門で受賞。

主題の内容がWW2の核兵器開発であり、日本でも公開前からかなり注目されていた。

 

3時間の映画はRRRぶりだったので、集中力にやや不安を感じたが、始まった瞬間から不安は一掃され、終始大スクリーンにくぎ付けだった。

大げさでもなく、終わった後に「この映画は後世に継がれていくんだろうな」と感嘆のため息が出るぐらいよかった。

以下、映画の主題、構成、感じたことなどをメモ。

 

理論物理学ロバート・オッペンハイマー つばが広い帽子にスーツスタイルが印象的

 

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◇作品のテーマは?:オッペンハイマー核兵器に対してどのような感情を持っていたのか

本作ではオッペンハイマーの生き方・苦悩に焦点が当てられており、特にトリニティ実験成功後のジレンマが丁寧に描かれていたと思う。

 

トリニティ実験を成功させた瞬間、無音の中オッペンハイマーが爆発雲を見つめるシーン。

爆発の映像が流れているのに、轟音が鳴り響かない。静か過ぎて最早怖かった。

オッペンハイマーはこの瞬間から良心の呵責を感じ始めたのだろうか。

物理学が結果を残した瞬間に感動しているようでもあり、一方でその威力の大きさや核兵器戦争の始まりを憂いているようにも見えた。

 

 

開発に成功した後、グローブス将軍やリトルボーイ・ファットマンがロスアラモスを去る。

そして、オッペンハイマーは原爆開発者でありながら、軍の連絡ではなくラジオで広島・長崎の原爆投下について知る。

研究者は兵器について熟知しているが、使い方を決めることは出来ない。

脅威や懸念が頭にたくさん浮かんでいる中、使用方法は国に委ねることしかできない。

オッペンハイマーのジレンマがよく伝わってきて、観てるこちらも辛かった。

 

 

ユダヤ人の彼は、ナチスポーランド侵攻をきかっけに兵器開発で戦争に協力するようになった。

ただそれはあくまできっかけに過ぎず、彼は単に理論物理学者として物理学で成功を収めたい、未知のものを物理学の力で完成させたい、という”物理学狂”に過ぎなかったのではないかとも思う。

大量殺戮兵器が生まれることは学者として分かっていたと思うし、トリニティ実験の日取りを決める前にドイツは降伏していた。当初、この開発に参加することになった動機である「同胞の救済」はもう完了していた。

しかし、自分の興味・関心・栄光への憧れもあり、学者として開発を止められなかったのではないかと感じた。

 

原爆開発者である彼が水爆反対派であり、ジレンマを抱えていることを、大衆は理解しきれなかっただろう。

トルーマン大統領に至っては、原爆がもたらした結果に対して弱音を吐くオッペンハイマーに「あの泣き虫を二度とここによこすな」と吐き捨てている。

また、ストローズからは「あいつは広島(での原爆投下)があったから歴史上もっとも重要な人物になれた。求められればもう一度同じことをするさ」と、オッペンハイマーの苦悩をよそに言い放っている。

このような状況下で、核兵器の威力を知っている彼が、政界に敵がいることも承知で反対派に回っていたのは、原爆の生みの親としての責任を果たしているとかっこ良ささえ感じた。

赤狩り」の過程で、共産主義者であると疑われた彼は表舞台から姿を消すことになるが、アインシュタインの言葉通り、最後は功績が認められており安心した。

 

 

◇映画構成について:核兵器開発後の後半パートが映画の本番

作品は1954年のオッペンハイマーに対する聴聞会と、1959年のストローズに対する公聴会から始まり、映画後半ではこのシーンの割合が大部分を占めている。

鑑賞前は原爆実験やWW2に焦点を当てているのかと思っていたが、戦争の生臭いシーンはほぼ無いし、時系列がどんどん変わるのがノーラン監督ならではだった。

映画構成としては、兵器開発の極秘ミッションの開始までが1時間、兵器開発開始~成功までが1時間、成功後の葛藤・赤狩り公聴会~エンディングまでが1時間となっており、原爆開発後のパートに結構な時間を割いていると感じた。

 

 

◇ノーラン監督は何を示したかったのか?

SNSには「この映画は原爆を正当化している」という意見も見られたが、自分はそうは思わない。

(確かに米国の保守派が「この映画はアメリカに力があることを示す映画。USA最高!!」と盛り上がっていた事実もあるそうだが)

ノーラン監督が言いたかったことは色々あると思うが、個人的に強く感じたのは、

核兵器という人類にとっての脅威は、オッペンハイマーが開発に成功した瞬間から今も続いており、私たちは常に脅威にさらされている」

というメッセージだった。

 

 

感想があちこちにばらけてしまったが、まとめると今回この作品をスクリーンでしっかり見れたことは、自分の映画経験の中でもかなりインパクトが残るものだった。

様々な意見も聞きたいので、友人知人にも強く進めたい。

昨年夏に「バーベンハイマー(Barbenheimer)」のネットミームで炎上していたときは、作品に対して不安な気持ちもあったが、

原爆を落とされた唯一の国・日本に生まれ育った身として、原爆開発に携わっていた人々、開発前後の史実を映像で体験できたことを嬉しく思う。

ノーラン監督の過去作品も改めて見返してみよう(テネットをスクリーンで見れなかったことを再び後悔)

#2 夫婦関係は解剖できるのか|落下の解剖学

第76回カンヌ国際映画祭パルムドールを獲得後、SNSでも話題になっていたフランス映画『落下の解剖学』を先月鑑賞。

カンヌのノミネート作品はいくつか観たが、パルムドールを取っているだけあり、ぶっちぎりで本作品が素晴らしかった。

先日発表された第96回アカデミー賞では納得の脚本賞受賞。会場ではメッシ(犬)が大人気だった様子。

 

『落下の解剖学(Aanatomy of a fall)』 ポスターはいくつかあるが、これはサスペンス感強い

ABOUT THE MOVIE | 映画『落下の解剖学』公式サイト より、あらすじ

これは事故か、自殺か、殺人かー。
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。
はじめは事故と思われたが、
次第にベストセラー作家である
妻サンドラに殺人容疑が向けられる。
現場に居合わせたのは、
視覚障がいのある11歳の息子だけ。
証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、
登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。

 

SNSでは「ミステリー映画」「スリラー映画」という意見もあったが、本作品は夫婦間の実態を紐解いていく「ヒューマンドラマ」だった。

裁判で出された断片的な証拠や曖昧な証言から夫婦関係が暴かれていく様子を見て、人と人の関係を客観的に判断することがいかに難しいか考えさせられる。究極、カップルの実態は当事者たちにしか分からない。でも裁判は粛々と進んでいく。

観終わった後改めて『Anatomy of A Fall』というタイトルの意味を考えると、「夫婦関係の解剖学」だと納得した。

 

作品中で3つの言語が入れ替わる様子も面白かった。死亡した男性の母語はフランス語、被告人女性の母語はドイツ語で、2人は常に英語でコミュニケーションを取ろうとしていた。

しかしフランスに移住後、フランス語圏出身の男性が英語でのコミュニケーションに不満を漏らすのが何ともリアル(というか喧嘩が全体的にリアル)。

また、自分の人生が変わると言っても過言ではない裁判なのに、被告人がフランス語での証言を(半ば)強要されておりつい同情してしまった。

 

そしてこれはただの棚ぼただが、弁護士ヴァンサン役のSwann Arlaudがとんでもなくイケている。

真面目に話していても酒を飲んでいても運転していても、何をしていても360°やけにかっこいいのである。

Twitterで海外の方が口々に「a hot lawyer」とつぶやいている理由がよく分かった。

 

今回『落下の解剖学』で主演を務めたSandra Hüllerは『関心領域』でも主演を務めており、こちらも気になるので5/24公開後鑑賞したい。

 

 

 

 

#1 坂本龍一氏の遺作をスクリーンで観る | ラストエンペラー

何となく新宿ピカデリーの上映スケジュールを眺めていて、ふと目に留まった真っ赤なポスター『ラストエンペラー』。

『The Last Emperor』ポスター 子ども(溥儀)の表情が印象的

 

昨年3月に無くなった坂本龍一氏の一周忌追悼ロードショーとしてリバイバル上映されていた。

作品の内容は一切知らなかったが、坂本龍一氏のエッセイ『坂本龍一 『音楽は自由にする』 | 新潮社』に出てきた作品だったため興味が湧き、19時50分の回を購入。

新宿ピカデリーの中でも2番目に大きいシアター2(301席)は自分含め20~30名程度しかおらず、一人でスクリーンを独り占めした気分。

 

映画はとても素晴らしく、3時間弱の上映時間があっという間に終わっていた。

主人公・溥儀の翻弄人生がなんとも悲しく、坂本龍一氏の音楽も素晴らしく、映画館の大きなスクリーンで観れてとても良かった。

 

特に最期のシーンは音楽も相まって自然と涙してしまった。

かつてずっと閉じ込められていた紫禁城に一般市民として戻った溥儀。

子どもに「あなたは誰?」と言われた溥儀が「おじさんは、中国の皇帝だったんだ」と笑顔で答え、小さな箱からコオロギを出す場面が、本当に・・・。

満州国皇帝にもなった溥儀が、戦犯として約10年の囚人生活を送り、その後は植物を育てながら中華人民共和国の庶民として人生を終える描写がとても印象に残った。

 

また、音楽がどれも物悲しく、特に『The Last Emperor (Theme)』が一番刺さった。

www.youtube.com

 

居ても立っても居られず、帰宅後『坂本龍一 『音楽は自由にする』 | 新潮社』を読み返すと映画作成エピソードがいくつか出てきており、以前はピンとこなかった内容がとても面白くなっていた。

ただ、坂本龍一氏曰く「天皇陛下が東京駅で溥儀を迎えるシーンを撮った」そうだが、そんなシーンはなかったようが気がする(皇帝即位を祝うパーティーで泣いている皇后に向かって「一人で日本に行く」と突き放す溥儀は見た)。監督のベルナルド・ベルトルッチは半年でがらっと編集を変える人だと書かれていたし、撮ったけど使わなかったのか?

 

坂本龍一氏の『戦場のメリークリスマス』も好きで久しぶりに夜道で聞いた。繊細な音なのに力強さもあり、何回聞いても不思議。ただ、メロディーに冬寒さも相まって危うく気持ちが落ち込みそうだったので途中で辞めた)